以下の注意は、セミナーに配属されたばかりの4年セミナー又はM1のセミナーを 対象としています。幾つかはそのようなビギナー以外にも該当する 普遍的な項目もありますが、一方で1年間通してやり続けられたら その後は完璧に守り続ける必要のない項目もあります。また、各人の個性の違い もあるので、人によっては合わない内容もあるかもしれません(そもそも、全員に例外 なく当てはまる勉強法があるならば指導者は必要ないのではないでしょうか...)。 なので、矛盾するようですが、後で「型」を外すことが大事になることもあるか もしれません。ただ、最初からリベラルに進めるだけでは、一定以上の深みに達 することはできないように思います。また、あくまで私のセミナーにおける「型」 ですので、他の指導者の下では当然考え方は違うかもしれませんが、ビギナーは 何らかの一貫した「型」に当てはめられた訓練 をすることも必要だと思います。 数学の勉強の仕方に関してインターネットや書籍などに様々な文章があります。 例えば、 東大の河東先生のホームページ の文章なども参考になります。精読してみてほしいと思います。 しかしながら、大学や研究室ごとの細かい事情の違いもあるので 私のところでは(若干それぞれの個性の違いを鑑みての個別に 異なる指導もありますが)このような型で指導するという方針を 以下にまとめておきます (2013年3月記 / 以後ときどき加筆修正)。 |
(1) 本においてしばしば証明が飛ばしてあったり「自明である」と書いてあるこ
とがあります。それでも自分で納得ができていない場合は、自分自身が理解
していない状態をごまかさずに、全ての細部が説明できるようになるまで考
え続けて詰めましょう。 理解しないまま話しているときは、教員の側も察
知できます。そういうときは「何故そうなるのですか?」と突っ込むと思い
ます。そういう状態にならないように
予習の段階でしっかり証明の細部を詰めてき
て欲しいと思います。
(2) 少なくとも「勉強するノート」と「発表するノート」を作ることを推奨しま す。 「該当範囲の中で、前の段階のAから次の段階のBが導かれる論理(議論)を確か めて一回通り終えたらクリア、後は発表の場でノートとにらめっこしながら 時系列に従っ て(若干の穴は埋めつつも)ひたすら本の論理を順に追うだけでよい」 というくらいの認識だとしたら数学を身につけるためには不十分でしょう。通り 一遍だけの勉強(これだけでももちろん大変でしょうが...)では表面的な理解 の域を抜けないでしょう。 以下で述べるような、 理解を深めるための様々な試行錯誤と取捨選択を徹底的に 繰り返す「勉強」のあとで、最後の最後の仕上げとして発表時間に合わせた 「発表準備」のノートをつくるべきでしょう。 (3) わからない言葉や知らない概念は、すぐに自分で調べましょう。 習っていない言葉が出てきたから読めませんでしたと本番になって言い訳するの では話になりません。4年生 以上の数学の研究では授業などで習っていない言葉がどんどんでてくる 状態がむしろ普通です。 適宜自分で調べたり学習して補っていくことになります。 最近はインターネッ トも我々の知的活動と密接に結びついていますから、WikipediaやGoogle検 索で引っかかる講義録などを使うことも「最初の手がかり」としてあり得 るでしょう。ただ、インターネットの情報は(昔に比べて量的にも質的にも よくなりましたが)間違いや偏りや情報のソースが不明なことことも多く、断片的で深み や思想がなかったりすることもあります。なるべく冊子体の本を基本にし て、常に ネット検索だけで済ますということのないようにしましょう。 もちろん、冊子体で出版された 本も誤植や間違いはときにあるでしょう。しかしながら、一般 的に冊子体の本は慎重に執筆やチェックが行われてから出版されており、 良書には得てして全体を通した一貫した深い思想が流れています。 また、読み継がれている「伝統的な名著」や良書は、 違う世代間の会話での交流における共通の知的バックグラウンドの 役割も果たすかもしれません。また、私見ですが、 指先のクリックと自分が望む検索語からのインターネット検索、 掲示板に投げかけてすぐ得られる答えや情報は、いつも 賢く効率的な早道というわけでなく、 知らず知らずに自分の世界観を限定したり思考の熟成を妨げる気がします。 数学図書室やリアル書店の本の森という空間の中で時に予期しない宝を見つけたり、 すぐに答えが得られない状況と時の流れの中で自分の脳の中にお仕着せでも 継ぎ接ぎでもない数学感や独自の問題意識を形作る機会を奪わないようにして 欲しいです。 くれぐれも全てインターネット検索だけで済まさないようにしてください。 また、修士以上の場合は、 AMS(アメリカ数学会)のMathScinet も大事な文献等の検索手段です。 (4) 本を調べる際は、その都度大阪大学総合図書館や数学図書室(理学部E棟5 階) に足を運ん で参照したり借り出すとよいでしょう。有名な基本図書で比較的新しいもの は、大阪大学生協書籍部またはジュンク堂や紀伊国屋書店などの梅田の巨大書店に足を運んだり Amazonなどを通してネット購入することもできるでしょう。 調べられなくてわからないから勉強が ストップして時間を無駄にしたということがないように、 その分野に必要な 「必携の本」たちはあらかじめ長期に借り出したり購入して常に身近に置いてお きましょう 。 (5) 勉強していて 新しい「定義」や「定理」に出会ったら、(本に具体例が出ていなくても) 必ず「具体例」や「反例」を沢山考えましょう。最初は、どうやって具体例を考える のかも分からないかもしれません。そういうときには、本やインターネッ トをあさって助けを借りることも手段としてはあり得るかもしれません。 先生や先輩に(具体例を考える)手ほどきを受けてもよいでしょう。自分で具体例が見つけら れれば、自信がわき勉強もまた楽しくなると思います。同じく、定理のス テートメントや証明が抽象的でわからないときも「簡単な具体例」に当て はめて考えて具体的な状況で考えてみるのがよいでしょう。 定理や命題で何か大事そうな条件がついているとき は、習慣的に その条件を外したらどうなるかを考えてみる 癖をつけましょう。(その条件を外すと証明が難しくなる場合もあるでしょうし、 あるいはそもそも結論が成立しなくなる場合などもあるでしょう) (6) 指導教員以外の同じ世代の友人や先輩や後輩との 日常的な数学的交流を積極的に活 かしましょう。先輩には、どういう参考書がよいかや文献検索の仕方をはじめとし て教えてもらうとよいでしょう。また、同年代や先輩後輩と 「自主セミナー」 を行うのもよいでしょう。普段から、友人同士で質問し合ったり、自分の勉 強していることを説明し合う習慣も大事にしましょう。人に説明するプロセ スは、自分の頭を整理したり自分の理解を深めるのにとても有効です。 (7) 机に向かっている時間だけが勉強時間ではありません。しばしば煮詰まった ときには、散歩をしたりして気分転換してもよいでしょう。 また、移動中などの空き時間などがあれば、携帯をいじる代わりに数学を 考える習 慣を身につけましょう。とにかく、高等数学はセンスや頭の良さだけで努力 無しに切り抜けるには内容が重すぎます。(勉強の仕方や時間の使い方の質 はもち ろん大事ですが) (机に向かっていない時間も含めて)どれだけ沢山の時間数学に没頭 できるか、勉強にかける絶対的な時間量が勝負 です。(上述の 東大の河東先生のホームページ にも論じてあるように一回の発表に50時間を費やすくらいは 基本だと思います。また同ページにあるように研究者になるかならないかは関係 なく同様に勉強して欲しいと思います。むしろ、修士課程で数学を卒業する 人にこそ、最後の機会として数学文化にどっぷりとつかっていただきたいです。) |
(1) いきなり(前置きもなく)細かい定義や計算をはじめるのでなく, 2,3分から
数分程度の「イ
ントロ」 やその日のセミナーの内容を予告する「メニュー」からはじめましょ
う
。全く何をやるのかわか
らないままいきなり細かい設定に突入して
聴かされるのは、教員や聴衆にとっても不安でストレスがたまります。
(2) セミナー本番はノートは一切見ないで発表して下さい(進行メモ程度の 小さい紙切れ1枚程度まではOKです)。 これは、一字一句を暗記して欲しいという意図ではなく、むしろ 徹底的に読み込んで準備をすれば(結果的に)ノートとにらめっこをせずとも 発表できるはずだということでもあります。ノートを見ないでやるためには、核とな るアイデアやいくつかの話題同士の有機的な繋がりを把握していないといけ ません。逆に、ノートを見てやるならば、完全に自家薬籠中のものとなって いなくても写しながら通して発表できてしまうでしょう。成長するチャンス である貴重なセミナー1回分の発表が実にならずに終わるのは残念です。 あまりひどい場合はセミナーを制止することもあるかもしれません。 (3) セミナー本番は、発表者が主役で講師です。授業をやるつもりで丁寧に、そ して (教員だけを相手にするのではなく)聴衆全員に配慮した発表の仕方を心 がけましょう。意識してゆっくりと滑舌に気をつけて話しましょう(ぼそぼ そと話されたり早口すぎると聞き取れないかもしれません)。 字はなるべくしっかりした筆圧で大きく読みやす く書いた方がよいでしょう(もちろん一番大事なのは話の内容ですし、 字の読みやすさは一朝一夕では改善されないこともありますが)。 重要度が高い情報は必ず板書したほうがよい でしょう(自分が口にした情報を全て聴衆がキャッチしているとは限りません。 例えば、手前のわからなかった点で考え込んでいたせいで次のコメントを 聞き逃す聴衆もいるでしょう)。 |
(1) 発表を終えたら解放されて忘れてしまうのは残念です。しばしば、発表中に
出た質問やアドバイスを通じて理解が進んだり整理されて、セミナーの後で考え
直すと急に理解が進むことがあります。また、セミナー中に答えられなかった指
摘や問題点は、そのまま放っておかずにすぐに復習して解決することが大事です。
たまにすぐに解決できない問題点が残ることもあります。そういうときは
頭の片隅に残しておいてときどき考え直すとよいでしょう。
たまに、半年後に突然ひらめいて解決するということもあるでしょう。
粘り強く考え続ける習慣をつけましょう。
(2) セミナー中やセミナー後に判明したり進展したことは、落ち着いてノートを 修正したり整理して残しておくとよいでしょう。 理解をまとめたノートを、TeXなどの手段で記録しておくと後でも見やすいですし、手軽に修士論文などで 再活用できるでしょう。 (もちろん、手書きでもきれいにまとめておけば 後でためになるでしょう) |
教員と複数の学生とで週1回程度のセミナーを行う場合、発表者を順にまわすな らば、各回ごとに発表者と発表しない聴講者がいることと思います。さて、聴講 者もセミナーに雰囲気を支える大事な「演じ手」です。聴講者次第でセミナーの 雰囲気は変わってきます。真剣に聴いてくれる聴き手の前では発表者もやりがい があるでしょう。また、真剣な雰囲気のもとでは指導者の教員も有益なコメント や説明を提供する熱意が増すでしょう。 |
(1) 発表者でなくても、あらかじめ読みこんで自分のわかるところとわからない ところの境界をはっきりさせましょう。そのことで、話を聞く ときのポイントが絞られるでしょう。 |
(1) ただ、ぼーっと座っているのではなく、
必ずノートをとりながら聴きましょ
う。
(2) わからない言葉や議論があれば積極的に質問しましょう(そのためには真剣 に聞いていないといけませんが…)。また、ポイントを抑えたよい質問がで きることも大事な目標です。 質問上手になることを目指しましょう。 |
勉強一般に関して幾つか参考になる本を独断と偏見で紹介します。
これらの本が見つからなかったけど気になるので目にしたいというセミナーの学生さんには
私が持っている一冊を貸せるかもしれません。ご連絡ください。
(1) 「数学の学び方」小平邦彦(編集) (出版社: 岩波書店) 残念ながら絶版ですが(注: 2013年夏に復刊されました)、総合図書館や数学図書室にはあります。 (今問題としている「勉強の仕方」や「勉強すること」というテーマに 関しては)小松彦三郎氏、小平邦彦氏の文章を特に勧めます。 (追記: 2015年1月に新たに5編のエッセイが加わった増補版「新・数学の学び方」 が出版されました) (2) 「志学数学」伊原康隆著(出版社: シュプリンガーフェアラーク東京) |
セミナーで気になった問題点を元に、ためになりそうな
情報をまとめておきます。
(1) ギリシャ文字の読み方は間違えることが多いようです。 また、整数論では特にドイツ文字の使用が多く、ドイツ文字の 認識と書き方は混乱することのひとつです。 ユミヤさんのページ「タ メタ タ ポーネティカ」における ギリシャ文字の名前, ギリシャ語の文字と発音, ドイツ文字の筆記体の書き方, ドイツ文字の活字体の書き方 へのリンクです。 (2) 数学では、数学記号を沢山含む文章をタイプするためにTeXが必須です。 (可能ならば)普段からTeXを使うことも上で推奨しましたが、修士論文 やそれ以後論文を書くときにもTeXにお世話になります。 TeXで尊重すべき「作法」では、特に 小田忠雄先生による 「数学の常識・非常識―由緒正しい TeX入力法」 という文章がよく知られています。 日本数学会のページ内にある小田先生の文章のファイル へリンクを貼っておきます。書かれた当初よりだいぶ時も経ち、 またこの文章の全てが100パーセント守るべき「絶対」ではないかもしれませんが 今でも十分妥当でためになる作法でしょう。一度は目を通して欲しいと思います。 |