1921年の復活祭の前の晩、
その頃教授になっていたオットー・レーウィは、夜中にふっと夢を見ました。
我々の心臓には交感神経と副交感神経という 2 つの神経が来ています。
夜、寝ている間などは、副交感神経の働きで心臓はゆっくり打ち、
何かにびっくりすると交感神経が興奮して、心臓がドキドキドキと打つわけです。
彼が見た夢というのは、副交感神経が興奮すると心臓拍動が遅くなるのは、
もしかすると副交感神経の末端からホルモンのような物質が出ていて、
それが心臓に作用するからではないだろうかというものでした。そして、
どのようにしたらそれをちゃんと証明できるか、 実験のやり方まで全部夢に見たのです。

彼は非常に喜んで、目を覚まし、
「あっ、これはよい夢を見た、明日、実験室へ行って早速実験しよう」
と、(さすが偉い人ですね) まくら元に置いてあるメモ用紙に夢の内容を書いて 寝てしまった。
翌朝、目を覚ますと、夕べは何かよい夢を見たような気がする。
まくら元を見るとメモに何か書いてある。
メモまでとったのだから、きっといい夢にちがいない、 と思って急いでメモを見た。
ところが、残念ながら、夜中に寝ぼけて書いたものですから、 字がどうしても読めない。
仕方なく、そのまま研究室へ行って、 何だったろう、何だったろうと思って考えたのですが、
どうしても思い出せない。
彼にとって、この復活祭の日は まさに責め苦の 1 日になったそうです。
もし、そのままだとすると、この人はノーベル賞をもらえなかった。
ところが、本当に幸いなことに、 その晩また同じ夢を見た。 …(中略)…
今度はもう懲りていますから、 メモなど取らず、夜中に実験室へとんで行って、
徹夜で実験をして、 夢で見たことを証明してしまった、という話なのです。


( 日高敏隆 「イマジネーションと幽霊」 ( 稲盛スカラーズソサエティ会報 No.6, p.7 ))