ついでに酒の飲みかたを言っておくけどね、 これはぼくは若いときから教えられたからね。
先輩にも、ほかの店の株屋のいろんな可愛がってくれた旦那とか、 そういう人に。
それから吉原のお女郎なんかに教わった。

…( 中略 )…

自分がこの人を男にしたという誇りみたいのもあるから、
酒の飲みかたからいろいろ注意してくれるんだよ。
「あしたは土曜日だけど、あなた、どっちへいらっしゃるの?」
と言うから、友だちとちょっと宴会があるんだと言うと、
「たくさんおすごしになるんだったら、 行く前に盛りそばの一杯もあがっていらっしゃい」
とか、あるいは、
「右の肋骨の下が肝臓ですから、 これを押したり離したりしながら飲むといいのよ……」
と、教えてくれる。

…( 中略 )…

押しながらこう飲んでいれば、 飲むそばから肝臓のはれが引いてっちゃうわけだから、
ある程度飲んでも平気なんだよ。 グーッと押して痛かったら肝臓が悪いわけだ。


( 池波正太郎 『男の作法』 (新潮文庫) 「酒」 ( pp. 180--182 ) より )