『数学辞典』 (岩波書店)

(第1版「序」より)

... 今世紀の数学においては、 いわゆる抽象化の方法が自覚して用いられ、 異なる部門において同じ理論が成り立つならば、 それは同じ公理から演繹せられ、 集合、対応などの一般的概念から出発して、 位相的代数的に数学全般が再組織されようとしている。 今日十数巻が刊行され、なお刊行がつづけられつつある N. Bourbaki の Elements de mathematique 叢書はこの再組織を意図するものであるが、 本辞典は規模においてささやかなものながら、 同じ思想に基づき、 全数学をなるべく透徹した 1 つの体系の下に収めようとしたのである。 もとよりこの小冊子のうちに Bourbaki 叢書におけるように、 すべての定理に証明を与え、記述の完全を期することは不可能であるが、 数学およびその応用各分野の重要な述語にそれぞれ明確なる定義を与え、 歴史的背景の下に各部門研究の現状を知らしめ、 将来への展望をも与えようと試みたのである。

この辞典の主要項目の選び方は、中項目主義によった。 各術後の定義を敏速に見出すためには、 小項目主義によるのが便であるが、 数学は体系的な学問であるから、 相互に関係の深い概念は 1項目下にまとめて説明する方が、 各概念を全体との関連において正確に把握せしめ、 同時に説明の冗を省く利がある。 他方、項目をあまりに大きくするときは、 1術後の定義を知るために多くのページ数を読むことを余儀なくされ、 辞典利用上不便をまぬかれない。 中項目主義は両者の中間を行くもので、 編集上には最も多くの困難を伴うが、 小規模の中に多くの内容を盛る数学辞典としては、 この方針に従うべきであると信じ、 別記部門別項目表にあるような諸項目を選び、 術後の迅速な検索のためには、別に詳密なる索引を付することとした。 また公式および数表から成る付録を設けて本文の欠を補い、 主として数学を利用される方々の便を図った。