専門家向け勉強会「ケーラー多様体上の標準計量とその周辺 3」

日程と会場

講演予定者

  • 井上瑛二(理研)
  • 四ッ谷直仁(香川大)
  • 橋本義規(大阪公立大)

スケジュール

8月22日(月)

  • 10:00-11:30 井上瑛二「代数多様体の最適退化:鏡の国の標準計量 Part 1. 鏡の国へ:代数多様体の標準計量と最適退化の存在問題」
    参考文献: 論文I, 論文II
    概要:Fano多様体上のKahler-Ricci flowのGromov-Hausdorff極限(Chen-Wang)の代数幾何的な特徴づけに関する先行研究(Chen-Sun-Wang, Dervan-Szekelyhidy, Han-Li)の紹介からはじめる。続いて、より一般の偏極多様体に対し意味を持つextremal計量の枠組みにおける最適退化の問題に対するDonaldson, Xiaの結果を紹介し、これら独立の2つの枠組みを連続的に繋ぐ「µ-cscK計量」の枠組みにおける最適退化に関する講演者自身の結果と予想、そして「代数多様体の最適退化」に"「標準計量」の鏡像"という解釈を与えるminimax pictureを紹介する。このパートは「アルキメデス的」(論文Iの内容)だが、続く「非アルキメデス」パートに対する動機付けとして聞いてもらいたい。
  • 14:00-15:30 井上瑛二「代数多様体の最適退化:鏡の国の標準計量 Part 2. 非アルキメデス的多重ポテンシャル論入門 」
  • 16:00-17:00 四ッ谷直仁 「自明な標準束を持つ正規交叉複素曲面の大域スムージングの微分幾何学的構成について」
  • 18:00頃- 懇親会(開催未定)

8月23(火)

  • 10:00-11:30 井上瑛二「代数多様体の最適退化:鏡の国の標準計量 Part 3. Duistermaat-Heckman 測度と非アルキメデス的カラビ・エネルギー」
  • 14:00-15:30 井上瑛二「代数多様体の最適退化:鏡の国の標準計量 Part 4. モーメント測度と非アルキメデス的μ エントロピー」
  • 16:00-17:00 橋本義規 「相対満渕汎関数についての簡単な観察」

井上瑛二さんの講演の全体概要

背景: Kahler-Einstein計量・cscK計量をはじめとし、Kahler-Ricci solitonやextremal Kahler計量など、一般にKahler多様体上の標準計量と呼ばれるものは、リッチ曲率やスカラー曲率に関する何らかの方程式(計量に対する非線形偏微分方程式)を満たすKahler計量として特徴づけられる。これらの方程式はいずれも"スカラー曲率に関する無限次元モーメント写像"の描像に基づいて導出されており、解のしかるべき意味での一意性や自己同型群の簡約性など、有限次元モーメント写像に関する一般論から期待されるいくつかの共通した性質を持つ(ただし有限次元で可能だった議論を無限次元で実行する際に有限次元では生じなかった困難が生じる)。とりわけ代数多様体の退化に対する"二木不変量"の正値性(K安定性)と解の存在との関係(Yau-Tian-Donaldson予想=Kempf-Nessの定理のアナロジー)はFano多様体の場合を解決したChen-Donaldson-Sun, Tian以降も目覚ましい発展があり、cscK計量のレギュラりティに関するChen-Chengの理論、Kahler計量の空間の距離完備化および測地線と満渕汎関数に関する多重ポテンシャル論的解析(Darvas-Rubinstein, Berman-Darvas-Lu, Chi Li, ...)に加えて、Boucksom-Jonssonによる非アルキメデス的多重ポテンシャル論の発展により(cscK計量に関する)YTD予想はすでに純代数幾何の問題に帰着している(!)。

勉強会のテーマ: 今回の勉強会ではこの「(自明付値体上の)非アルキメデス的多重ポテンシャル論」に入門し、その理論がYTD予想を越えて「代数多様体の最適退化」の存在問題に対しても有効かつ自然なアプローチであることを説明する。「代数多様体の最適退化」の問題は偏極多様体のモジュライ理論における重要な問題である。一方で「代数多様体の最適退化」はKahler計量の空間の接束(あるいは"covariant phase space")上の汎関数を通じて「標準計量」の"鏡像"と解釈できる。このピクチャーを通してみると鏡花水月の趣がありそれ自身美しい。

注意: 「代数多様体の最適退化」の存在問題は多様体に標準計量が存在しない(K不安定な)場合に非自明な問題で、K安定性や計量の存在問題を幾何学的により深く理解しようとするものですが、この問題を説明するためにK安定性を説明する必要性は必ずしもない(と思う)ので、今回はK安定性や計量の存在問題についてはほとんど説明しないつもりです。したがって標準計量やK安定性に関する入門的な講義ではないことに注意してください。K安定性に関する知識がなくても楽しめるように心がけますが、あらかじめK安定性に関する知識があるとより楽しめると思います。

非アルキメデス的多重ポテンシャル論?: 「非アルキメデス的多重ポテンシャル論」の基本的な発想は、代数多様体の退化に対してBerkovich空間上の関数を対応させ、関数空間の完備化を考えることで退化の空間の完備化を実現し、結果として得られる種々のコンパクト性を利用することで様々な存在問題を解決するというものである。「非アルキメデス」という言葉はBerkovich空間という"非アルキメデス幾何由来の位相空間"上でポテンシャル論のアナロジーをする、というような意味合いで使われている。とはいえ、Berkovich空間はコンパクト・ハウスドルフ空間で、しかも考える関数は実数値なので、はじめに抱いた印象ほど「非アルキメデス的」ではないというのが講演者の所感である(そのため非アルキメデスに対する知識がないからといって気後れする必要はない)。ルベーグ積分論や複素解析における多重ポテンシャル論がそうであるように、「非アルキメデス的多重ポテンシャル論」は"レギュラリティの低い関数"に関する理論で、理論構築のために使える(標語的な)原理はほとんど「単調性」と「部分積分」に限られており、そのシンプルさが小気味よい。一方でK安定性の文脈で藤田氏らにより考察されていた代数幾何由来の種々の不変量が多重ポテンシャル論的なキャパシティやエネルギーと理解できるなど、理論の根幹からK安定性に関わる諸々の概念との相性が非常に良いということも特徴的である。

代数多様体の最適退化?: 「代数多様体の最適退化」の存在問題は、多様体がK不安定であるときに"最もK不安定な退化"を構成せよ、という問題で、"最もK不安定"の尺度により様々な定式化が考えられる。この"尺度となる不変量"は「"非平衡"定常解的な標準計量の枠組み」に応じて定式化される。上で述べた4つの標準計量の枠組みのうち「"非平衡"定常解的な標準計量の枠組み」と言えるものはKahler-Ricci solitonとextremal計量の枠組みのふたつで、それぞれKahler-Einstein計量とcscK計量の枠組みの一般化になっている。これらは計量に対する発展方程式(Kahler-Ricci flow、Calabi flow)の自己相似解としても特徴づけられ、一般に多様体上に非自明なフロー(正則ベクトル場)を生じるという特徴がある(KE計量やcscK計量はフローが自明な場合に対応する)。このフローは代数多様体の最適退化の顕れであり、"二木不変量"の原始関数である"体積汎関数"を最小化するものとして一意的に特徴づけることができる。この"体積汎関数"を(同変交点数公式を通じて)代数多様体の退化に対する不変量へと拡張する形で"尺度となる不変量"が導出され、この不変量を最大化する退化として「代数多様体の最適退化」が定式化される。残念ながら今回の講演でこの一連の流れを説明している時間はないため、"尺度となる不変量"は致し方なく"天与の不変量"として説明することになる(が、決して"天与の不変量"ではなく自然な導出方法があるということを覚えておいてもらいたい)。講演では導出を説明する代わりにモチベーションとなる結果をPart Iで紹介する。

論文IIについて: 本講演の隠れたテーマ(論文IとIIの主題)「µ-cscK計量」は、Kahler-Ricci solitonを包括しextreaml計量の枠組みを"極限に据える"「"非平衡"定常解的な標準計量の枠組み」で、上記の流れに沿って「代数多様体の最適退化」の問題が定式化できる。この枠組みでの「最適退化」の問題に「非アルキメデス的多重ポテンシャル論」を活用するためにはBoucksom-Jonssonの理論を"同変交点数を表現できる枠組み"に拡張する必要があるが、その要求を実現したのが本講演の最後に説明する(かもしれない)モーメント測度である。モーメント測度を説明するためにはそれ以前では一切出てこない同変交点数(同変コホモロジー)の知識も必要になる。あくまで「非アルキメデス的多重ポテンシャル論」への入門と「代数多様体の最適退化」への関心を高めることを今回の勉強会の主目的としているので、聴講者の質問が出尽くし時間にも十分な余裕が見られたら説明することにしたい。

世話人

橋本義規(大阪公立大) 中村聡(東工大理) 本多宣博(東工大理)
※科研費基盤(B)16H03932から補助を受けています

過去の記録

第1回 (2020年度実施)
第2回 (2021年度実施)

最終更新日 2022年8月17日

トップへ戻るボタン